大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和31年(オ)888号 判決 1960年7月15日

上告人 鈴木世喜子

被上告人 株式会社第一相互銀行

右代表者代表取締役

渡辺虎雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山近長治の上告理由について。

原判決の認定するところによれば、上告人の親権者(母)であつた鈴木菊代は、当時その夫であつた長塚竜郎(上告人には継父にあたる)が被上告人から金員を借受けるについて、上告人の法定代理人として、上告人を債務者とし、上告人所有の本件各不動産に抵当権を設定し、かつ判示賃借権設定の契約を締結し、それぞれ判示登記を経由したというのであるが、右金銭貸借、抵当権設定等は、菊代はその夫たる長塚竜郎のためにしたものであつて、菊代自身の利益のために為されたものでないことは原判決の認定するところである。とすれば、右の行為をもつて、親権者たる鈴木菊代と上告人との間の民法八二六条にいわゆる「利益が相反する行為」というにあたらないとした原判決は正当であつて、論旨は採用することはできない。(論旨引用の判例はいずれも本件の場合に適切でない)

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

上告代理人山近長治の上告状記載の上告理由

上告論旨第一点は本件は未成年者の相続財産を担保として第三者に融資するために金員を借用したるため未成年者の相続財産が害されんとするに当り此が抵当権の抹消を求むる事案に属す。

元来未成年者は自己の法律行為に対しても常に親権者又は法定代理人の同意なくしては法律行為をなし得ざるの制限を有す従つて未成年者の法律行為をして取消し得べきものとしたる法意は其の智慮の浅薄其他社界的の欠陥等をして之を補ひ不測の損害を未然に防ぎ過ちを最少に喰止めむとするの法意なることは当然の処置なりとす此の意をくむで旧民法に於ては未成年者の財産の処分行為は親族会の同意を要することとしたり改正民法に於ては其の第八百二十六条に於て未成年者の権利義務に関する事項に付ては其親権者と雖も利益相反する行為に付ては家庭裁判所の許可を得て其の子の為めに特別代理人の選任を申請しなければならない。と規定し其保護を完たらしめたものである。本件上告人は実母が長塚竜郎と婚姻し其の長塚竜郎の友人阿部賢吉の依頼により株式会社阿部製作所代表取締役阿部賢吉氏に融資するため被上告人から金参拾五万円を借用するため上告人の相続財産本件不動産を担保に抵当権並に賃借権設定請求権保全の仮登記をなしたことは当事者間に争なき事実なりとす之に対して上告人は控訴審に於て此の事実に対し例令真の親権者実母が之の行為を認容したりとするも之れ親権者と未成年の子との利益相反する行為にして民法第八百二十六条の規定により特別代理人の選任を家庭裁判所に申請しなければならないと主張せるに対し同審に於ける判断によれば長塚竜郎は継父に非ず又実母鈴木菊代は之の長塚竜郎の行為によりて何等利益を得たるものに非ず従つて未成年たる本件上告人と実母とは利益相反する行為に非ずと認定せるは立法の本旨を解せざる皮相の見解にして採用に由なし即ち実母鈴木菊代は親権者にして之が同意を得たりと判断し之が同意を得たることは疑いなきも其効果は被控訴人と長塚竜郎との間の効果としてあらわれ之に同意を与えたるものには利益なきにより其の責任なく其の結果損害をかおむりたるは独り未成年者の子あるのみとなり権利の帰属者のみありて之が責任者は免れ唯独り未成年の子のみが犠牲者となるの結果となり正義の観念に反するや誠に当然なり、夫婦は同一体なり夫の利益は妻の利益なり例令戸籍上継父の干係生ぜずと雖も親権者に準じて論ずべきは当然にして実母も又自己が直接利益を得ざりしとするも其監督すべき相続財産が失われんとするは子の為には不利益なること論なき所とす然らば自己が同穴の契りを為せる夫に利益なることは又自己も共に利益と云わざるべからず夫に利して自己には利に非ずと云うが如きは誠に諒解に苦しむ所にして全くの皮相の見解に過ぎず採用するに足らず法律の精神を無視したる見解なりと信ず。

猶利益相反行為の事例

一、物権法及び債権法に関する行為

親権者が自己の借財につき子を連帯債務者とし子の不動産に抵当権を設定するは利益相反行為である本件に付原院の確定せる所に依れば訴外岸川徳次郎は明治四十四年八月二十六日自己の為に被告人より金七百円を借入るるに当り未成年たる上告人の親権者として上告人に於て連帯債務を負担し且担保として上告人所有の不動産に抵当権を設定する契約をなしたるものなれば其の連帯債務の負担及び抵当権は徳次郎の為には利益なるも上告人のためには不利益なこと勿論にして即ち利益相反する行為に外ならず然れば該行為に付ては親権者たる徳次郎は民法第八百八十八条第一項の規定に従い上告人の為に特別代理人を選定することを親族会に請求せざるべからずして自ら上告人を代表することを得ざる筋合なるに事茲に出でずして自ら上告人の親権者として為したるものなるを以て前掲連帯債務の負担及び抵当権の設定は無権代理人の行為にして無効なり、然るに原院が民法第八百八十八条に所謂利益相反する行為は親権を行う父又は母と未成年の子が互に相手方となりて為す所の行為のみを指すものにして共に一方となりて他人を相手方とする所の行為を包含せざる旨趣なりとし本訴抵当権の設定を有効なりとし第一審の判決を廃棄して上告人の請求を棄却したるは不法なり大審大二年(オ)三一四号同三、九、二八(民二〇、六九七)

要するに未成年者の権利保護の為め民法第八百二十六条の規定を設けたる法の精神を探究すれば未成年者は智慮浅薄にして世上に慣れず此れに乗じて未成年者の財産の保護に欠ぐる所あるを虞れ厳重なる規定を設け其保護を完からしめむとせる法意に出でたるものにして本件の如きは親権者と未成年の子との利益は将に相反するものと云うべく控訴審の判断法の精神に副わざるものと信ず。 以上

上告人代理人山近長治の上告理由

上告論旨第一点は本件は未成年者の相続財産を担保として第三者に融資するために金員を借用したるため未成年者の相続財産が害されんとするに当り此れが抵当権の抹消を求むる事案に属す元来未成年者は自己の法律行為に対しても常に親権者又は法定代理人の同意なくしては法律行為をなし得ざるの制限を有す従つて未成年者の法律行為をして取消得べきものとなしたる法意は其の智慮の浅薄其他社界的の欠陥等をして之を補い不測の損害を未然に防ぎ過ちを最少に喰止めむとするの法意なることは当然の処置なりとす此の意をくんで旧民法に於ては未成年者の財産処分行為は親族会の同意を要することとしたり改正民法に於ては其の第八百二十六条に於て(親権者と子の利益相反行為)親権を行う父又は母とその子と利益が相反する行為については親権を行う者はその子のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない。同条二項に於て親権を行う者が数人の子に対して親権を行う場合においてその一人と他の子との利益が相反する行為についてはその一方のために前項の規定を準用すると規定し以て未成年者の保護に万全を帰したものである。

本件事案に徴すれば上告人は実母が訴外鈴木菊代が訴外長塚竜郎と婚姻するに当り同人の友人訴外阿部賢吉の依頼により訴外株式会社阿部製作所代表取締役阿部賢吉氏に融資するため被上告人から金参拾五万円を借用するに当り未成年者の相続財産を然も未成年不知の間に其の財産を担保として金員の借受を為したるものなり而して原審判決理由によれば上告人の実母は子たる未成年者の名に於て抵当権を設定したるも其結果実母は之がため何等の利益を得て居らず従つて利益相反する行為に非ずと云い又訴外長塚竜郎と上告人との間に於ては新民法上は継父なる法律上の関係生ぜざるを以て本条に謂う所の親権者なる関係生ぜざるが故に民法第八百二十六条に所謂利益相反の行為に非ざるが如き曲解を敢てしたくみに該条の制限を免奪せるが如き解釈を敢てし未成年保護の立法本旨を免れ去れり此点に対して之に異なる判例を左に掲げ以て其の解釈の過誤を指摘せむ

例(一) 親権者が子を代表し親権者の債務を子の債務に更改するは利益相反行為である。親権者と未成年の子と利益相反する行為に付き特別代理人選任請求の義務を親権者に負担せしめたるは親権者は専ら未成年の子の利益を計るべきものなるに却つて自己の利益のみに着眼し未成年者の利益を顧みざるに於ては未成年者保護の趣旨に反するを以て所謂利益相反する行為は之を親権者と未成年の子との間に於て各一方の当事者として為す行為のみに限局すべき謂れなく広く親権者が未成年の子を代表し第三者と為す行為に付き親権者と未成年者との利益が互に相反する場合をも包含するものと解釈せざるを得ず、本件に在つては被告は未成年の子を代表して己れの債務に付き己れに代らしめ即ち債権者に対し債務者の交替による更改契約を締結したるものにして債務者の交替は被告と未成年の子との利益相反するものなること明かなるを以て此の場合に於ては親権者たる被告に特別代理人選任請求の義務あること論を俟たず。(大審大四、(れ)一七一九号同年七、二八、刑録二一、一、一七四号(民抄六二、八二三五)

猶多数の判例あり利益相反の実例

(二) 親権者が自己の債務を自己と子との連帯債務に更改するは利益相反行為である。(大阪地方六、(ワ)二九九号)

(三) 親権者の債務に対し未成年の子が保証するは利益相反の行為である。(大審昭一一、(オ)第一〇〇八号同年八、七、民集一五、一六三〇)

猶本件の親権者の行為は民法第一条第三項の権利の濫用に該当し当然之を許さざるものとすべきである。

即ち親権者は子たる未成年者の保護者にして未成年者の相続財産に対しては善良なる管理者の注意を以て之を管理すべく少くとも自己の物と同一の注意を以て之を保護すべきに拘らず反つて自己の夫の利益を計り未成年者の財産を失わしむる行為に同意するが如きは権利の濫用にして其の行為は公共の福祉に反し権利の濫用として当然無効とすべきものと信ず。

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